はじめに
AI技術の急速な発展に伴い、「AI自身を発明者として認めることができるのか」という問題が、世界各国で大きな議論となっています。今回、日本の最高裁判所は、AIシステム「DABUS(Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience)」を発明者として記載した特許出願について、現行の日本特許法の下ではAIを発明者として認めることはできないとの判断を事実上確定させました。
本件は、AIと知的財産制度との関係を巡る日本初の本格的な司法判断として注目されており、今後のAI関連発明の権利化実務にも大きな影響を与える可能性があります。
事件の背景
本件は、米国の出願人であるStephen Thaler氏が、AIシステム「DABUS」が自律的に創出した発明について、日本で特許出願を行ったことに端を発します。
問題となった出願は、2019年9月17日に出願されたPCT国際出願(PCT/IB2019/057809)を基礎とするもので、日本には2020年8月5日に国内移行されました。この際、発明者欄には自然人ではなく、
“DABUS, The invention was autonomously generated by an artificial intelligence”
と記載されていました。
出願人は、「AIが自律的に生成した発明であっても特許保護の対象となるべきであり、AI自身を発明者として認めるべきである」と主張していました。
特許庁の判断
これに対し、特許庁(JPO)は方式審査の段階で、日本特許法における「発明者」は自然人を前提としていると判断しました。
そのため、2021年7月30日付で、発明者を「自然人」に補正するよう補正指令を発しました。
しかし出願人は、同年9月30日付で「そのような補正を求める法的根拠は存在しない」と主張し、補正を拒否しました。
これを受け、特許庁は2021年10月13日付で出願却下処分を行いました。さらに、出願人は却下処分に対する行政不服審査を請求しましたが、2022年10月12日、請求は棄却されています。
東京地裁・知財高裁の判断
その後、出願人は特許庁の処分取消しを求めて東京地方裁判所に提訴しました。
しかし東京地裁は、2024年5月16日付判決において、
- 現行特許法は発明者が「自然人」であることを当然の前提としていること
- AIを発明者として記載した出願は現行法上認められないこと
を理由として、原告の請求を棄却しました。
さらに、知的財産高等裁判所も2025年1月30日、東京地裁判決を支持し、控訴を棄却しています。
最高裁の判断(2026年3月4日)
出願人は最高裁判所に上告しましたが、2026年3月4日、最高裁は上告を受理しない決定を行いました。
これにより、
日本の現行特許法の解釈上、「発明者」は自然人に限られる
という下級審判断が確定することとなりました。
本判決の意義
本件は、日本におけるAI発明者問題について、司法判断として一定の方向性を示した重要事例といえます。
特に、
- AI自体は現行法上「発明者」になれないこと
- 日本の特許制度は依然として人間中心の制度設計であること
が明確に確認された点に大きな意義があります。
一方で、本件は同時に、AIが実質的に発明創作へ深く関与する時代において、現行法が十分対応できているのかという新たな課題も浮き彫りにしました。
今後の展望
生成AIや自律型AIの進展により、今後は「人間とAIが共同で創作した発明」や、「AI支援発明」の位置付けを巡る議論がさらに活発化すると考えられます。
現時点では、日本を含む多くの国で「発明者=自然人」という考え方が維持されていますが、AI技術の進化に伴い、
- AI関与発明における発明者認定
- 権利帰属の整理
- AI利用時の開示義務
- AI生成物に対する保護制度
などについて、国際的な制度見直しが議論される可能性があります。
本件は、AI時代における特許制度のあり方を考える上で、日本でも重要な転換点となる判決といえるでしょう。


